門司中央市場 1

門司港旧市街地、老松町にある「門司中央市場」で空き店舗の内装工事を始めました。

 

この市場は昭和32年にオープンしたコンクリート造のアーケード型商店街で、今日まで60年の歴史を持っています。

総店舗数は約80店舗。でも、そのうち開いている店舗は36店舗のみで、半数以上が閉ざされたたままとなっています。

 

門司港の探索を始めて半年、私はこの中央市場の昭和レトロの面影が好きになり、わずかでも良いから、活気を回復する手伝いが出来ないかと模索してきました。

開いている店舗は、主に八百屋や魚屋、乾物屋、果物屋などの日常品ばかりです。その中に混じって、最近は新たな店が少しずつ開店し始めました。

 

私の研究室でも、店を一軒借り受け、女子大生の手で出来ることをしようと奮い立ち、12月から本格的なDIY工事を始めました。

何か、物を売る店は大学の研究機関ではできません。出来ることは、地域の為になる何か、を探し出してそれを具体化する事だけです。

 

でも、その一歩が風を呼ぶかもしれません。

それを信じて、DIYを始め、商店街の人たちと近づく事から始めました。

ビブリオバトル

「ビブリオバトル」という言葉を知っている人はほとんどいないと思います。

「ビブリオ」は「biblio」で「書籍の・・」と言う意味で、ビブリオバトルは、本の内容紹介の競技会になります。

 

本の内容の紹介、と言っても、それは読書感想文ではなく、本の書評でもありません。

自分が読んで感動し、その感動を皆に伝えて、聞く人たちが是非自分も読んでみたい、と思ってもらえるかどうかを競う競技です。

 

九州女子大学では、4年前からこのビブリオバトルの全国大学大会に参戦しています。

今年も学内で予選を行って二人を選び、11月25日に行われる九州北部地区の地区決戦に参戦します。地区決戦に勝つと、今度は12月の全国大学決戦に参戦となります。

 

うれしいことに、今年の九州北部地区決戦は、九州女子大学の校舎で行われます。それだけに、力も入っている訳です。

 

ビブリオバトルの良さは、まず、本を読まなくなった学生に本を読む機会を与えること。そして、数十人から百数十人を前にプレゼンテーションをして、人に自分の気持ちを伝える努力をする機会を持つ事です。

このプレゼンテーション能力が、学生にとっては何よりの宝になります。

 

今月11月25日(土)。

福岡県中の大学から学生が集まり、熱いバトルを行います。

見学は無料で自由。見学者は全員、審判です。良かったら、来て下さい。

門司港6

門司区老松町にある中央市場での活動が具体化しつつあります。

この市場は、戦前からありましたが、昭和32年に火災で焼失した後、コンクリート造のアーケードとして復活し、現在に至っている商店街です。

 

全長は約150m。2m程の路地の両側にぎっしりと店舗が並んでいます。

でも今はその中の3割程度しか店を開いていません。

 

研究室では、この市場の活性化に協力しようと、北九州市の後援を得て活動をはじめています。

 

まずは、11月から店を一軒借りて、学生のDIYで店舗を作ります。

店舗と言っても、物を売る店舗ではありません。イベントを開いたり、近隣住民と接触したりするための拠点でもあり、DIYスクールの会場でもあり、時にはカフェになったりする場です。

そんな空間を、学生のアイデアで作って維持したいと思っています。

 

でも、もしかしたら、何かを売るかもしれません。学生のハンドメイドの商品とかを。

でも利益は出ないし、出さないつもりです。家賃を何とか抽出できれば、と期待しています。

 

1月には、数軒のシャッターを塗装し絵を描きたいと考えています。

でも、アーティストがいません。

どなたか手伝って頂けるとうれしいのですが・・・・

 

 

門司港5

10月1日から、後期のレトロなでしこが始まりました。

初日の日曜日は16人のお客様が訪れ、始まって以来最も多い人数に利用していただくことが出来ました。

午後には一度に7人のお客様が訪れ、着付けに1時間ぐらい待たせてしまって、申し訳ないこともしてしまいました。場所が狭いので一度に二人しか着付けられないので、今後の対策が必要になりそうです。

 

夏から、SNSやチラシ、インターネット上の情報サイトへの広告のアップ、ポスターの設置など、数多くの公専活動をしてきた成果が現れたのかもしれません。もっともっと、多くの方に利用して頂いて、門司港の雰囲気をよりレトロ感あふれる場にしたいと思っています。

 

実は、おおくの公専活動を英語と日本語の二カ国語で行っています。1日には韓国からの旅行客がいらっしゃいましたが、これも英語のポスターを見て来てくれています。

究極の目的は外国人旅行客に、もっと門司港を知ってもらおうと言う事ですので、今後、もっとSNSに力を入れたいと思って、学生達の課題としています。

 

写真はNHKハイビジョン放送の取材風景です。テレビやイベントからの協力依頼が、9月だけで4件ありました。これもうれしい限りです。

学生も初めてのモデル撮影に、最初は緊張もしていましたが、徐々に慣れて、ポーズも堂に入ったものになってきています。

「女子力」の強さをヒシヒシと感じる次第です。

ゲストハウス完成

ワカマツグラシで足掛け3年を経て、とうとうゲストハウス「recoya」が完成しました。もちろん合法で、最終的に最も厳しかった消防署の検査にも合格しました。

 

合法にこだわり、2014年の暮れから関係省庁との調整を始め、築60年の空き家のリノベーションによってゲストハウスの可能性を協議し続けて来ました。

 

もちろん、大きな資本が入り、お金をかければもっと簡単に完成していたと思います。ですが、民間の個人が行うリノベーションです。自ずと限界はありますし、投資の回収もままなりません。なので、リノベーションには学生ボランティアの手も使っていますし、何十回にもわたる協議により、必要最小限での完成を目指して来ました。

 

最大の難関は、建築審査課と消防署が要求している建物の防火性能です。60年前の木造建築には防火性能はほとんどありません。もちろん、内部には旅館に耐えられる設備も必要ですし、改装も必要です。その辺は、保健所の指導が難関でした。

かかった金額はあえて申し上げません。個人の投資ですので。でも、結構かかっていて、それでも最小の範囲に絞り込めたと思います。

 

無許可での営業が、昨今問題になっています。無許可なら簡単だし、誰でもできます。

ですので、この「完全に合法」というのは、非常に価値あるプロジェクトだと思います。

recoyaの完成をきっかけに、更に若松が元気になる企画が続くと良いと思います。

門司港4

インバウンド、という言葉が流行りだして、5年ぐらいが経ちます。日本全体でも日本を訪れる外国人は増え続けていますが、ここ北九州も同じで、前年度38%増とかいう数字で増え続けているそうです。

実際、門司港を歩いていると、外国人、特に中国人と韓国人を多数見かけます。尤も、中国人旅行客が多いのは日本に限ったことではありませんが。

 

私たちが行なっている「レトロなでしこ」という着物レンタルの事業も、やはり外国人旅行客へのおもてなしが一番の目的です。日本の文化に接してもらおうという考えから、着物のレンタルと着付けを始めました。外人、特に欧米人は日本の文化にとても興味を示してくれます。その中でも、和服は非常に人気で、見るだけでなく、自分も着て写真に収めたいという希望は多いようです。特に、京都の和服レンタルは有名です。

 

レトロなでしこでは、門司港を訪れる観光客に韓国人が多いことから、韓国人の女性に気に入ってもらおうと努力しています。なので、日本語のポスターだけでなく英語のポスターやチラシ、SNSや観光案内所に置いている案内も英語版で準備しています。更に、着物を着る際の注意書きなども英語、韓国語、中国語で準備してあり、学生にも英会話のレッスンをしています。

 

次回のレトロなでしこは9月23日から始まります。今度は、和服と袴だけでなく、浴衣もレパートリーに加えました。

多くの観光客が訪れてくれることを期待しています。

 

門司港3

門司港の情報を集め始めて4ヶ月になります。この間、和服レンタルの活動を中心として、色々な方々とお話しする機会を持ち、学生による町歩きなどを通じて、門司港の実態が少しずつ見えてきました。

 

門司港レトロ地区の開発は脚光を浴び、土日などの盛況ぶりがクローズアップされているため、門司港は栄えている街と思い続けてきました。ですが、実態を見ると大きな穴が空いていることに気付き始めています。

 

まず、土日しか人が来ない。また、外国人旅行客は多数見かけるが、短時間しか滞在せずに通過してしまう。更に、旧市街地は、レトロの恩恵を全く受けていない。そして一番の驚きは、日中どんなに人で溢れていても、夕方5時を過ぎる頃から引き潮のように人が消えてしまう。などです。

 

この中で特に目立つのは、夜の門司港の寂しさです。大方の店は7時頃には店を閉じ、あのロケーションでカップルすら見かけません。

何故だろう、と考えました。得た答えは、宿泊施設が無いから、です。ホテルは駅前にプレミアホテル門司港があるだけです。あとは小さな旅館が数件とゲストハウスが1件だけです。これでは旅行客が通過だけで終わってしまい、ここで食事をしないわけです。

宿泊しないので、夜は小倉などへ帰ってしまう。なので門司港では夜の営業が必要ない。その連鎖が、夜の寂しさに繋がっています。

 

名物の焼きカレーもラーメンも、昼食のメニューでしかありません。旧市街地に若干あるレストランやカフェも、地元の常連さんしか相手にしていませんでした。

何と大きな落とし穴でしょう。

学生ボランティア活動4

素人集団の手探り作業です。何度も失敗して、白く塗りつぶし、また書き直す作業が、延々と続きました。線の太さが一定じゃなかったり、絵の幅や位置関係がおかしかったり、妙に隙間が開いたりなどなど。

大きかったのは、初期の段階で下絵がほぼ終了した頃に、絵の順番が駅の順番通りでないことに気づいた時でしょうか。全体を見直し、ほとんどの下書きを書き直しました。

 

マスキングテープを貼っても、ペンキが滲むことも多く、滲んだ部分を白ペンキで修正することと、マスキングテープを剥がした時に下地のペンキも一緒に剥がれてしまうことが最も大変な課題でした。特に下地は、全体的にパテでしごいて白いペンキを塗っていますが、雨水が裏側から漏れて来て、下地のパテと一緒になって剥がれてしまう部分が何箇所もありました。

 

その最中に、7月7日の北九州の豪雨が起こり、地下道は天井まで冠水してしまい、床は泥まみれ、絵も下地ごと剥がれてしまった箇所が2箇所発生し、相当なダメージを受けてしまいました。

 

それでも予定の7月15日には通路を通れるように完成させ、腰部分のタイルのいたずら書きも全て綺麗に洗い落とし、一応の完成とさせました。

実際には大雨で剥がれた下地の部分はまだ乾かないので絵が描けず、一部未完なのですが、一応は綺麗な通路として通れるまでになっています。

 

動員した学生は述べ40人程度、毎週汗と湿気と蚊に悩まされながらの一ヶ月でした。

正直なところ、ヘトヘトでした。

学生ボランティア活動3

大学前の地下歩道を改装するボランティア活動が、6月15日からいよいよスタートしました。これから7月15日までの一ヶ月間、総勢、述べ100人程度が参加して壁画を描きあげる予定です。

 

初日の6月15日にはNHKや読売新聞、J:Comなどの取材を受け、特にNHKは6時台のニュースで放映されました。取材はプロジェクトリーダーの学生に受けてもらい、委員全員もテレビで放映されていました。

 

作業は基本的に学生の空き時間に行います。また、委員のメンバーや私が立ち会えないと何をやっていいかわからないため、週三日、数時間ずつ行ってゆきます。

下絵は事前に出来上がっていましたが、実際に壁に描いてみると思ったよりも隙間が多く、また配置もおかしかったりと、下書きを何度も描き直し、また不足分の絵も急遽追加したりしています。

 

住宅の内装の面積とはレベルが違います。全長35mの長いトンネルなので、思いもしない問題点が次々を出てきています。完成させるまでは、なかなか重い日々が続きそうです。

7月15日には完成披露をしたいと思っていますが、素晴らしいお披露目ができるように、頑張りたいと思います。

学生ボランティア活動2

大学前の地下歩道を改装しよう、というボランティア活動を始めて3ヶ月、ようやく絵の原案ができ、作業スケジュールも決まって来ました。6月10日から始めて、7月15日を完成の目標に置いています。

 

北九州市塗装協同組合が全面的に協力して頂ける事となり、ペンキ等の材料や足場、更に技術指導もして頂けることとなり、大変助かっています。

実際、あんな大きな面積の壁画を描いた経験も無く、そもそも下書きの絵をどうやって壁に拡大して写し取るのかさえ分からないのが現状ですので。

 

資金集めの活動は、フリーマーケットがメインでした。門司港でのフリーマーケットがメインで、更に大学内での販売も行い、微小ですが資金集めも続けています。

特に門司港のフリーマーケットでは、学生から寄付してもらった大量の古着を販売しており、それなりに成果を出しています。

 

6月からは、学生の有志を大量に動員し、いよいよ塗装の作業が始まります。

心配事と不安が渦巻いている毎日ですが、何とか完成まで持って行きたいと思っています。

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門司港2

鬼の様に忙しい3月と4月が過ぎ、やっと回りが見られる様になってきました。

門司港でのプロジェクトは既に活動を開始し、その一部として和服の着付けレンタルの準備が進んでいます。

 

活動名は「レトロなでしこ」と名付けていますが、具体的には観光客などの希望者に和服と袴を着付けてあげて、門司港を散策してもらおうというプロジェクトです。北九州市役所門司港レトロ課(という課があったのです)と民間の和裁学校などが協力し合い、実行委員会を作って行う計画です。

 

九州女子大学ではこの委員会に私が委員長として参加し、学生が有志で着付けに参加してもらう予定で動いています。5月と6月の土日に開催し、場所は写真の旧門司税関の1階を借ります。

和服は正装はとても難しいですが、袴を付けると以外と簡単でした。帯が袴で隠れてしまうので、何とかなってしまうのです。その和服と袴を着付けてあげて、4時間程度門司港周辺を散策してもらい、観光振興をしようという企画です。

 

外国人旅行客も多数来る門司港なので、外人さんもターゲットに考えていて、英語の勉強もさせています。受付の時の説明書も4カ国語で準備中です。

学生が表に出て、外国人と直接接触する良い機会ですので、うまく利用したいと期待しています。

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学生ボランティア活動

写真は大学の前にある国道の地下歩道です。何年が経過しているかは分かりませんが、薄暗くて汚くて、通るのを嫌がっている学生も多くいます。

壁の絵は、元の絵が何だったのか分からなくなっています。例によってスプレーのいたずら書きもあります。天井は剥離してモルタルが落ちてくるので、最近ネットが被せられました。階段は段鼻のタイルが所々剥がれていて、今でも歩いているとバリッと音がして剥がれます。

極めつけは、地下は照明が付いていますが、階段部分は照明が壊れていて点かない事です。なので、夜は真っ暗です。

 

この地下歩道を何とかしよう、と私と学生ボランティアが立ち上がりました。

北九州市道路維持課と話し合い、全体の補修は市でやってもらい、最後の仕上の塗装とタイルの清掃をボランティアでやる提案をし、受諾されました。

 

立ち上がった学生は3人。まずは、塗装等にかかる費用の募金活動と、壁にどんな絵を描くかの話し合いから始まっています。

塗装材や足場の価格はザッと30万円程度。2〜3ヶ月の募金で集めるのは、結構たいへんです。フリマや学食への応援依頼、教員全員にカンパのお願いなど、多数の案を練って実行しようとしています。

更に難しいのが、壁の絵の案です。30mある壁にどんな絵を描けな良いのか。しかも、素人集団で出来る絵でないと。小学生の手形での花の絵、トリックアート、北九州の街並シルエット、関門橋など、案は出ますがどれも難しそうです。

 

完成は7月を目標としています。

募金の出来る方、お願いします。

また、絵のアイデアや指導が出来る方も、是非お願いします。

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門司港

若松の活動が順調に進み始めました。若者が住み始め、企業も入り込み、色々な意味で活発になっています。何も無かったゼロからのスタートですが、一応の成功を見たと言えるでしょう。

 

そんな折、北九州市役所から門司港の活性化の話が上がってきました。モジートという活動団体が頑張っているそうです。

でも、門司港なら既に開発も進み、観光客も大勢来ているのでは・・・との思いで見に行きました。

 

多くの町には、旧市街と新市街があります。門司港もそうでした。巨額の投資で作り上げた新市街は今ではレトロ地区として有名で、北九州市の有数の観光スポットです。

でも1990年代まで栄えていた旧市街は、今や瀕死の状態です。

 

旧市街には、栄町銀天街、中央市場(写真)、プラザなどの多くの商店街が並んでおり、清滝地区には狭い路地と坂道が、長崎の坂道のような風情を出していました。かつては飲屋街や旅館が栄えていた地域ですが、今は空き家ばかりで、訪れる人もまばらです。中央市場はまるで東南アジアのマーケットのような感じで、狭い路地に小さな店がひしめいています。

こんな旧市街が、門司港駅からわずか数百メートルの場所に広がっています。

明らかな、新市街の開発ミスです。旧市街に全く投資しなかった結果です。

 

ここを元気にしたい、というのがmoji lojiの活動団体です。

新しい活動を始めようと思っています。

旧市街を、moji lojiの皆さんと九女とで元気にしようと考えています。

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福岡での1年 5

コンパクトシティーという言葉があります。都市近郊で、居住と自営業を前提とした、生活環境が自立した町の事を意味します。大都市でのドーナツ化現象に対して、中小の都市では逆に人口を増加させ、市街地を活性化させようとする発想で、生活の便利さを追求して計画された町づくりです。

 

宗像市の赤間駅周辺が正にそれです。北九州市はコンパクトと呼ぶには大きすぎ、福岡市は大都市です。その二つの都市に挟まれた赤間駅周辺は、生活の便利さが追求された、理想的なコンパクトシティーと言えます。

 

整備された道路を中心とした住宅街が広がり、駅の周辺部と国道の周辺には大型店舗やショッピングセンター、ファミリーレストランが並び、学校や医院が適量で配置されています。また、農協や漁協などが運営する地産地消の小店舗も多く、地元の野菜や魚介が簡単に手に入ります。新設された道路は道幅が広く、店舗や医院には広い駐車場が必ず附属しています。車での移動で駐車場の心配が無く、徒歩や自転車での買い物も距離が近いので可能です。

加えて、里山が周囲を取り囲み、自然との触れ合いも十分に満喫でき、海が近いので、犬の散歩や日光浴も楽しめます。

 

田舎過ぎず、都会でもない。

あこがれの田園都市として私の目に映ったのが、宗像市赤間駅周辺でした。

妻は、買い物が近く、しかも車で行っても駐車場が広くて駐車し易いので楽だ、と言っています。もちろんひどい交通渋滞も駐車場渋滞もありません。

 

これまでの横浜での生活ではショッピングセンターは豊富でしたが車での買い物は必須で、しかも土日は駐車場に入る為に並びます。もちろん駐車場は有料なので、必ず2000円以上の買い物が必要で、時間制限もあります。道路は渋滞が多く、一カ所の買い物にはだいたい1時間が必要でした。

便利なようで実は不便なのが、大都市での生活です。

なので、この宗像市での生活は、ストレスの無い静かで楽な生活に感じられるのです。

 

もう、大都会には住みたくありません。

老後を含め、この地でのんびりと生活して行きたいと考えています。

 

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福岡での1年−4

福岡県と言えば、やはり博多が一番有名ですし、私も博多の事は理解していました。福岡市のイメージは、横浜市、大阪市、神戸市などの都会というイメージよりも、おおらかで自然豊かな都市というイメージを持っていました。

一方、北九州市は工業都市のイメージしかありませんでした。

 

3年前、単身赴任で初めて北九州市に住み始めましたが、広々とした開放感のある街並が、一番の強い印象です。道が広く、高層ビルやマンションが少ないこと、更に、どの店舗も広い駐車場を抱えているので、全体の密度が薄くなっている為だと思います。

たまに横浜に帰ると、何か圧迫される様に感じ始めました。全てが狭く、密度が濃い為です。住んで1年もしないうちに、早く北九州に帰りたい、と思う様になっていました。

 

でも、いざ永住、と言う前提で見始めると、大型トラックが多く、自動車の運転マナーが悪く、そこそこ渋滞もあり、住宅街も中途半端な密度で、「ここではない」と見えてきたのです。

特に、運転マナーの悪さと乱暴さにはあきれてしまいました。ウィンカーを出さない、赤信号でも突っ込んで来る、割り込みや蛇行運転が普通にあるなど、横浜や東京の感覚では許されない運転が多いのです。

 

でも土地を探し始めてしばらくすると、宗像市は適度に郊外で、住み易い町という話を聞きました。で、実際に土地を見に行ってみると、駅周辺や3号線沿線にコンパクトに街並が出来ていて、住宅の周囲は里山という理想的なコンパクトシティーでした。しかも、小倉と博多のちょうど真ん中。職場にも近い。駅にも歩いて行ける距離に住宅地がある。店舗やスーパーはたくさんある。病院や医院も豊富。と、結構づくめでした。

ここなら、一生快適に住める。

長年の設計経験から来る直感が、赤間駅周辺に、敏感に反応したのです。

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福岡での1年−3

福岡県宗像市。

申し訳ありませんが、こちらにくるまで、宗像という土地は知りませんでした。宗像大社は名前を聞いたことがあるくらいで、存在は知らなかったです。

 

北九州に関する知識は、昔の北九州工業地帯で知っていた程度、さすがに小倉は細川忠興や宮本武蔵を通じて知っていました。

漠然と、福岡、博多という土地に良いイメージは持っていましたが、どんな場所柄かは白紙状態です。

 

そんな状態で、良く横浜から引っ越してきた、と自分でも無謀さにあきれていますが、海が近くて魚が美味しい、という一念で来てしまったのが本音です。もちろん、採用された大学が北九州だからですが、前提として九州方面で大学を探していたので、やはり九州に住みたかったのです。

 

でも、土地を買って家を建てる、というのは計算外です。借家でも、と考えてはいましたが、持ち家までは考えていませんでした。住宅設計を仕事としているのだから、いつかは自分の家を設計するというのは夢ではありました。それが実現したのも、宗像という土地があったからです。

自然豊かで、居住環境にも恵まれた里山は、正に理想の居住地です。そこにたまたま巡り会えたのが、移住計画のスタートです。

福岡での1年−2

横浜は暮らし易い場所でした。私は東京生まれで、25歳に結婚して横浜に移り、以来35年間横浜で暮らしていました。妻は、横浜生まれですからずっとです。

横浜市青葉区は、田園都市線の沿線で、あこがれの沿線と言われています。環境がよく、交通、買い物、学校、病院など全てが揃い、しかも高級なイメージで、住宅地として街並もシャレています。

結構自然も多く、子供が小さい頃には、たけのこ堀り、ザリガニ釣り、栗拾いなどもしていましたし、空き地でサッカーもしていました。

 

でも最近、大型ショッピングセンターが出来、外車の販売店、ファミリーレストランなどが増え、何よりもマンションが無数に建ち並び、かなりゴミゴミした印象に変わり、道路は常に渋滞で、スーパーに入るにも渋滞が出来るのが当たり前になってきました。ちょっとそこまで、が常に30分以上、1時間は当たり前です。

 

もっと静かな所で暮らしたい、自然豊かで風が気持ちよい土地が良い、と思う様になったのは、10年程前からです。そして終の住処は、海のそばが良い、とも思っていました。

 

別の理由で50歳で脱サラしたため、新天地も選べる可能性が出て、何時の頃からか、九州に住みたいと思う様になってきました。そして、大学教員への採用が北九州であり、運良く採用されたので、迷う事無く引っ越してきたのが去年です。

宗像市は海が近く、住んでいる所は里山なので、田んぼや山が近くにあります。土地を探しに行って、一目惚れという感じでした。

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福岡での1年

福岡県宗像市に引っ越してきて1年が経ちました。

横浜を出た事が無い妻も、あっと言う間の1年だったようです。

 

宗像での生活は、横浜の生活とは全く違っています。マンションと一戸建ての違いもありますが、やはり環境の違いによるものが多いです。

 

一番変わったのは、食生活です。

魚好きの私は、よく近所の農協で魚を買います。取れ立ての魚をその日のうちに売りにくるので、新鮮そのものです。そこで知ったのが、魚の美味しさです。

横浜でも毎朝魚河岸から来たての魚だったとは思いますが、何処かで余計な時間が過ぎていたのだと思います。とにかく、刺身、煮魚、焼き魚の全てが美味しいのです。臭みがなく、身が引き締まり、旨味が強いです。こんな美味しい魚を毎日食べられるだけでも、引っ越してきた甲斐があります。

 

野菜も同じです。近所の農家から来る野菜で、生産者の名前入りです。形が不揃いだったり、大きさもまちまちですが、やはり新鮮でおいしいです。夏に枝豆を食べましたが、普通の枝豆が甘くて驚きました。

 

北九州を終の住処に選んだのは、海が近い事と魚が美味しそうな事からですが、その意味ではとても満足です。他にも良い事はたくさんありますが、まずは、この事が一番です。

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食べ歩きマップ2

取材は、基本的に学生達だけで行ないました。自分たちの目線で、自分たちが美味しいと思うものを記事にしろ、という前提です。店は、事前に探して歩き、外から見て入りたいと思う店を選び出し、その中からワカマツグラシの方々に取材に応じてくれそうな店を選定してあります。なので、後はぶっつけ本番で取材に行くだけです。

 

テレビでは見慣れた取材風景ですが、いざ自分でやるとなると、まずどう切り出して良いのか、が分かりません。最初の数件は、取材の趣旨を説明しても理解されず、かえって怪しまれたりしたそうです。

更に、店の概要をインタビューし、お勧め料理を聞き、自分たちの感性でおいしそうな料理をメニューから見つけ出さなければなりません。

食べるのは楽しいけれど、結構大変な作業だった様です。

 

 

でも、一度打ち解けて主旨を理解してくれると、大歓迎で料理の説明をしてくれたようで、今まで食べた事のないような絶品も食べられたらしいです。

写真もその一つ、麺を唐揚げにしてサラダと合わせたパリパリの料理だそうです。

 

居酒屋、焼き鳥、焼き肉、カレー、お好み焼きなどなど、楽しい「授業」でもあったと思います。

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食べ歩きマップ1

食べ歩きマップの一回目の取材スケジュールが終わり、記事としてまとめ始めました。一回目の取材は、居酒屋や和食店などの料理屋が10件、和菓子屋や総菜屋などの食品店舗が6件の16件です。どの店も、学生達が自分で探してきて、自分で食べてみた店ばかりです。

 

図はそのうちの、商店街をピックアップしたマップです。とり唐揚げのさんわや天ぷらの丸窓などは、知る人ぞ知るの有名店だそうです。実際、他の店も含めて、食材が午前中で売り切れてしまったり、行列が出来たりもしています。何で若松に?との疑問も湧いたりしますが、逆に、若松の住民が支えてきた店なのだと言う事が、今回の取材で分かりました。

 

商店街は、実際のところ寂れていて、決して華やかなものではありません。古くて暗くて、シャッターの閉じたままの店が半数以上です。その意味では、若い人達の好む店構えではありません。

でも、親子二代や三代に渡って続いてきた味は確かなもので、今回、学生達が歩いて学生が感じたものは、見た目とは大きく違った、味と店の人達の心意気です。店を切り盛りする方々には若い方も多く、学生達の取材意図に同感してくれて、快く取材に応じて、中には商品をサービスしてくれたりしてくれました。

 

記事はまだ未完です。3カ国語に翻訳して、記事の構成をして、10月には印刷に回したいと思っています。

その上で、色々な人達に意見を聞きたいと思っています。

もう少し、学生には頑張ってもらいます。

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ワカマツグラシ7

ゲストハウスに置く小屋の2作目が出来上りました。

前回の小屋は、少し重くて、大きな印象があったので、2作目では軽い印象を与え、扱い易い重さに配慮して設計しました。

 

アイデアは学生のものです。

ベッドの下を収納にして、バッグや着替えを収納できる様にして、寝室の部分は布でテント状にし、全体としてスケール感が小さめになっています。収納部分はしっかりとできていて頑丈ですが、寝室部分は骨組みと布のテントだけです。

 

今回の小屋は、学生がアイデアと設計図を作成し、一般の参加者が実際にDIYで製作しています。製作期間は約3日で、写真に映っている大工さんがアドバイスしながら作成しました。ですが、布によるテントの部分は一般の方には無理です。そこは、家政学部の衣服分野の協力が必要でした。

骨組みが出来たタイミングで採寸し、布を買ってきて大学の裁縫室で縫いました。

実際に被せて仮縫いする時間が無かったので、一発勝負です。7日のイベントの日に持ち込み、実際に被せてみるまでは不安でしたが、見事にピッタリでした。さすが、縫製の演習で鍛えただけのことはあります。

 

DIYも慣れてきました。電動工具の使い方やペンキ塗りの刷毛さばきも一人前です。

次は、実際に一軒の家のリノベーションにチャレンジします。学生が一人、ここに住みたいと言い始めたので、皆で協力してリノベすることにしました。

10月から始めます。3月の完成を目指して、頑張ります。

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ワカマツグラシ6

新しい活動を始めています。

ゲストハウスの完成を前提として、外国人旅行客に向けて、若松駅周辺の案内マップを作り始めました。外国人が来た時に、あまり有名でない若松で困らない様に、特に食べ処や市場を中心とした紹介記事とマップを作っておこう、という取り組みです。

 

動いている学生は、2年生の有志が4人、3年生の住居系のゼミ生が5人で、各グループ毎に自分たちの目線で店を探し、そこで外人が喜びそうな食材を選んで試食し、その感想をまとめて、3カ国語で記事にしようと考えています。

 

女子大生の目線で選ぶと、ちょっと偏りがちな気がします。そこで、自分たちが外人になったつもりで、あくまでも外人が興味を持ちそうな食材を前提に選ぶ様に努力しています。私は、基本的に寡黙を通しています。

特に、市場の人達は元気で協力的です。学生の的外れな質問にも丁寧に答えてくれて、忙しい時間でも取材に協力してくれます。

この市場は、最近はめっきりとシャッターが目立っています。半分以上はシャッターで、アーケードも薄暗い雰囲気です。でも、店の味は絶品で、こんなに美味しいものがこんなところに眠っている、という驚きでいっぱいです。50年も60年も、親子二代で続いている店もあり、是非とも来店客を増やせる様に頑張りたいと思っています。

 

完成したマップは、留学生や学研都市の外国人研究者の皆さんに配布し、感想を聞く予定です。8月の最初の完成を目指して、頑張ります。

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ワカマツグラシ5

5月28日に、ワカマツグラシの活動の一つ、「DIYによるリノベーションスクールの開催」を応援するため、DIYによる小屋作りに挑戦してきました。

この活動は、空き家再生活動の一環で、リノベーションを自分の手で行なおう、と言う呼びかけを一般の方々に向けて発信し、ワカマツグラシの活動を広く認知してもらおうとする活動です。

 

スクールの本番は7月から8月にかけて行なわれ、小屋を作ったり内装を仕上げたりする予定です。

 

今回の小屋は、計画しているゲストハウスの大部屋の中に置いて、個人用のカプセルホテルの様なプライベート空間を作る為の試みです。実際に実現可能かどうかや、どのように作るか等を確認するために、本番の前に事前に試作をしてみたものです。

設計も図面作成もゼミの学生5人で行い、当日は大工さんの指導のもとで、5人が実際に製作してみました。

 

女子大生なので、5人とも過去にはノコギリも金槌も持った事はありません。ましてや電動のノコギリや電池ドライバー、コンプレッサーの釘打ち機などは見るのも初めてです。なので、最初は木ねじ一本に5分もかかっていましたが、午後には見違える程慣れて、バリバリと作って完成させてしまいました。

 

まだ、塗装や仕上げが残っていますが、とりあえずは完成して、皆でバンザイです。

7月9日からの本番のDIYスクールでは、指導やお手伝いをする予定です。

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ワカマツグラシ4

空き家の再生だけでなく、若松区全体としての活性化も検討しています。これまでのテーマは、現状を見ることでした。ただ考えだけが先行しても、具体的な策は出てきません。まずは、現状把握が最も重要です。

 

そのためのトークイベントが何回か開催されました。若松を愛する人や、若松出身の方々。若松区の公務員の方々などが参加し、ああしたい、こうしたい、昔はこうだった、こうなって欲しいなどなど、色々な意見が出ています。

でも、残念ながら、どの意見も実現にはほど遠い「期待」が勝った意見ばかりです。

 

大きな資本も無ければ、投資家もいない状態では、地域の各人で出来る事から始めるしかありません。そのひとつが現在検討中の民泊やゲストハウスです。外国人旅行客を誘致しよう、という活動です。

とは言っても、やはり大きな夢も必要です。そこで、ゼミの4年生に卒業研究のテーマとして考えてもらいました。そこから出て来た案が、写真の計画です。

 

まず第一に、駅周辺の寂れ方がひどいので、駅舎と駅周辺の荒れ地を整備しました。

更に、石炭の町と言う過去のイメージに変わる新しい若松のイメージを探しました。トマトやキャベツも良いですが、ちょっと弱すぎです。そこで考えたのが、ハーブをテーマとした、ハーブ園やアロマなどのイメージです。ハーブなら、老若男女を問わずに受け入れられる素材で、且つ多様性があります。

加えて、湾岸地域への人々の誘致です。歴史的建造物があるのに、全く人が歩いていないので。

ハーブ園なら、若松駅周辺の住民が、一人10株ずつ植えれば、すぐにでも完成します。ただ、維持管理は大変ですが。

 

今年も新たな計画を準備しています。やはり、若松駅周辺を活性化させるアイデアで、今回は学生に実行してもらう予定です。

はたして、うまく行くかはまだ分かりませんが・・・・

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ワカマツグラシ3

既存家屋の天井を剥がした写真です。民家によくある松の木を使った小屋梁が出てきました。屋根の野地板は杉の胴ぶち材で、その上に土を乗せて瓦を敷いてあります。日本の在来工法の通りの作り方です。

 

現在、消防署や建築審査課と協議を続けているのは、この建物の防火性能に関してです。

今建っている地域は準防火地域と呼ばれる、建物に一定の防火性能が求められる地域です。その部分に消防署は神経質になっています。地域全体が古い木造住宅の密集地で、消防の重点化監視地域に指定されているので、無理からぬ判断です。

 

一定の防火性能を持たせて欲しい、と言うのは理解できます。

外壁は土塗り壁ですが、長い間に部分的に増改築を繰り返しているため、土塗り壁が無くなり、トタン板1枚だけとなっている箇所がかなりあります。屋根も同じくで、増築部分はトタン板だけです。隣近所には、外壁が杉の板張りの住戸もあり、確かに一軒から火が出るとすごい勢いで類焼するでしょう。それを心配しているのが消防署です。

 

理解はできるのですが、どうやって改修するかが問題です。隣家と10cm程度まで接近しているので、外壁をいじる事ができません。屋根は、隣と連続して葺かれています。一部だけ交換する事もままなりません。

出来る範囲での最善は尽くしたいのですが、出来ない事もあります。

そこの解決策が出ないのです。

 

中古住宅や空き家を活性化させろ、という国の指針が出ています。役所としては、進んでこのプロジェクトに協力したいのですが、判断は出したくない、と言うのが本音です。

誰かが、責任を取らなければならない状況で止まっている訳です。

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ワカマツグラシ2

リノベーションスクールという企画を数回行いました。

これは、自分たちでリフォームをしてみましょうという、DIY教室みたいなものです。

 

DIYというと、ペンキ塗りや大工仕事を連想するでしょうが、クロスを張ったりタイルを敷き詰めたり、時には、フローリングやカーペットも敷いたりします。

写真は、壁に仕上げ様のモルタルを塗っている所です。珪藻土などが有名ですが、漆喰とか仕上げモルタルとか、いろいろな材料があり、ホームセンターで簡単に手に入ります。

 

このリノベーションスクールは、北九州市役所が後援してくれているもので、援助金も出してくれます。ワカマツグラシでは、空き家のリノベーションを出来るだけ安価にできるように、自分たちのDIYで出来るところはやってしまおう、という考えで、積極的にこのセルフリノベーションを推進しようと考えています。

 

リノベーションするのは、実際の空き家です。難しい下地作りは大工さんがやってくれます。その後の仕上げや棚を作る、飾り付けをするなどを、自分たちの手でやろうとしています。

今年も既に企画は進んでいます。今度は、企画や準備から学生に協力してもらい、学生達にもっと大きな達成感を感じてもらおうと思っています。

 

目標は、ゲストハウス一軒をDIYで成し遂げる事です。

もちろんプロの指導の元でやり、かえって足手まといなのは明らかですが、「誰でも自分たちで出来る」というメッセージを全国に発信したいと、今年は頑張りたいと思っています。

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ワカマツグラシ1

北九州市若松区での地域活性化活動が1年を迎えました。昨年の4月からスタートしましたが、少しずつ形が見えて来ています。

九州女子大学としての参加ですので、学生がかなり活躍してくれました。家政学部で住居を学ぶ学生ですので、工学部建築学科の学生に比べると、何となく頼りなげですが、そこは女子力でカバーです。イベントに参加するたびに賑やかに場を盛り上げてくれます。

 

最初は派手過ぎと思っていた作業着のツナギも、慣れると明るくていいものに見えてきました。家の前の道路からも目立って、何かをやっているという宣伝効果はバツグンです。

写真は、セルフリノベーションの教室風景で、空き家を自分たちの手でリノベーションしよう、という催しの一部です。木を切って木ねじで固定し、塗装を塗って仕上げているところです。もちろん、みんな、電池ドラーバーや電気ノコギリは、持つのも初めてです。刷毛で塗装をするなんて、「ムリー」と叫んでいました。

でも作業を始めて2〜3時間もすると、慣れた手つきでサクサクと作業をしています。一般の方も参加していますが、女子力のパワーにちょっと押され気味でした。

 

1年の間に何回か新聞やテレビの報道関係者の取材を受けています。ビデオカメラの前で、コチンコチンに硬くなってインタビューを受けていましたが、これも女子大ならではです。建築学科の男子学生がやっても、果たして話題になるかどうか。

結果として若松に人々の関心が向いてくれればそれが良い事なので、ぎこちない学生達も一役買っていたということになりそうです。

そんな訳で、少し、彼女達の活躍を紹介して行きたいと思います。

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里山の暮らし5

終の住まいに宗像を選んだ理由に、薪ストーブを燃やしても近所迷惑にならない場所、というのがあります。もし自宅を設計できたら、ログハウスにして薪ストーブを置きたい、という夢がありました。まさかこの年で実現するとは考えもしませんでしたが、急転直下、北九州での大学が決まったので、夢が叶う事になったのです。

 

薪ストーブは暖炉とは違い、火の始末が楽で安全です。しかも一度火がおきれば暖かさが持続し、しかもその熱量は半端ではありません。

現在、我が家には暖房設備として、家の中心に薪ストーブが有るだけです。このストーブひとつで、約40坪の2階建て住宅を全て暖めています。暖房が無ければ15度くらいの寒さですが、一度火をつけると、30分程度で20度くらいになります。後は、その温度を維持する程度に薪をくべて行きます。あまり強く燃しすぎると、今度は暑すぎてしまうし、2階は真夏になってしまうので、そこはコントロールします。

 

火を眺めなるのは、人間の本能として安心するので、とても癒され、心地よくなります。正に、心まで暖まるという言葉の通りです。犬は動物なので火を怖がるかと思いましたが、怖がったのは最初だけで、今ではストーブの前は、彼女の特等席になっています。

 

ただし、薪を維持するのは大変です。11月に薪を100束購入しておきましたが、だいたい3ヶ月弱で無くなりました。ですので、近所の林の中や空き地等で伐採された杉の木などを頂いて、チェンソーで切り株にし、斧で割って薪にしています。それでも、薪として使える様に乾燥するまで数ヶ月以上かかるので、今作っている薪は、来年の冬用です。

 

でも、自然を友として生活するのが理想だったので、結構楽しんでいます。

と言っても、20年間トライアスロンで鍛えてきた体なので楽しめますが、普通の方にはかなりしんどい仕事なので、ご用心を。

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里山の暮らし4

東京で生まれ、結婚後はずっと横浜で暮らし、職場も東京と横浜だけ。都会での生活が体の芯にまで染み込んでいる自分が、果たして田舎の暮らしに耐えられるのか?

そんな疑問は確かに有りました。でも、住み始めたらそんな心配はふっとんでしまいました。

 

田舎と言っても、大都会ではないというだけで、山の中の一軒家とう訳ではありません。生活に必要な物は全て手に入るし、病院も銀行もすぐそばにたくさんあります。近くにはかなり大きな住宅街も有るので、どちらかというと、今までの横浜での生活より買い物の便は良くなっています。

 

コンパクトシティーという言葉が有ります。比較的限られた範囲に生活に必要な環境が全て揃い、その周辺には自然環境や田園が広がっている町のことを言います。ここ宗像市の赤間というのが、正にそのコンパクトシティーになります。駅の南北に開けた大型ショッピングセンターや銀行、郵便局などが集中してて、10分も歩くと田園地帯になる、そんな町です。更に赤間の良い所は、近くに国道3号のバイパスが通っていて、その周辺にも大型量販店やレストラン等が集中していることです。

 

そして、こちらに来てつくずく思うのは、車の便の良さです。

大きな渋滞がほとんどなく、信号も少ない。広い道と無料の広い駐車場のおかげで、どこに行ってもすんなりと駐車できます。買い物にストレスが無く、ちょこっと出かけてすぐに帰ってこられる。こんなことは、都会では有り得ませんでした。なので、買い物にかかる時間が短く、一日が有効に利用できます。

 

のんびりと過ごす休日の午後には、ゆっくりと犬と散歩が出来ます。家を一歩出れば、広い野原とレンゲ畑が広がっています。犬も好きに走り回って、大喜びです。

人生観までも変わってきました。

里山の暮らしが、こんなに快適だとは、都会人には分からないでしょう。

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里山の暮らし3

宗像市という存在は、2年前に単身で北九州に住み始めてから、初めて知りました。ですが、北九州に住み始めた頃は、若松区などの海の側でしか住まいを探していなかったので、宗像市は、全く意識の外で、1年間は訪れた事もありませんでした。そもそも、ムナカタという漢字は読めなかったし。

 

ですが、北九州市に住み始めて1年で、北九州市は終の住処ではない、という意識が芽生えてきました。理由は二つ。一つは、大きなトラックがガンガン走っているし、暴走族っぽい車やバイクも多く、「ガサツな町」というイメージに変わって来た事。二つ目は、住宅街の密度が濃く、思っていた以上に圧迫感がある事です。

終の住処は、もっとゆったりとしていて、建てると決めていたログハウスが似合う場所でなければなりません。そこで初めて、宗像市の赤間を訪れたのです。

 

初めての宗像市は、駅周辺と3号線沿線の開けた町と、その周辺に広々と広がっている田畑とのコントラストが良い感じの印象でした。町がコンパクトで、しかも生活に必要な物は何でもそろい、住む住宅地の周辺は広々とした田園地帯。駅までは歩いて10分から15分程度と便がよく、街区も広々としています。

ここだ。とすぐに決めてしまいました。

 

住み始めて半年ですが、印象に間違いは無く、住み良い町です。特に地産地消の農産物と海産物が豊富で、野菜は近くのJAの店舗で、地元の農家の野菜と米を買っています。やはり新鮮なのでしょう。どれも、横浜では有り得ないおいしさです。

きっと、この町は長くこの状態を続けると思います。少なくとも、田畑と山はずっとこのままでしょう。

横浜とは全く違った、ゆったりとした時間の流れの中で、今、とても満たされています。

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里山の暮らし2

福岡県に来たのは、九州の中でも台風が一番来ないからです。更に、日本海側なので、魚がおいしいだろうという思いもありました。とは言っても、実は、一度も来た事が無い場所でした。

 

九州で立ち寄った事があるのは、宮崎と延岡だけです。福岡空港にも一瞬お世話になりました。でも、土地柄は全くの未知数です。それでも、何となく雰囲気で、九州、福岡県、というイメージが出来上っていました。

 

仕事を求めて、最初に訪れたのは、博多です。ある大学の面接で一泊しました。

でも予想外の都会で、しかも交通量が多く、歩道を自転車が走りまくっていて、危なくてしょうがない、とうのが印象です。こんな都会を期待はしていません。

気落ちしていた翌年、小倉に来ました。今の大学の面接で、やはり一泊しました。細川家ゆかりの地で宮本武蔵でも有名な小倉城。この町の印象に、ここだ、と感じました。静かでコンパクトな町づくりと、歴史の香りに引かれました。

 

その翌年から1年半、北九州市に単身赴任し、より一層北九州が気に入ってきました。そして、永住の地をここに決めたのです。

でも、実際に住む土地はもっと静かな田舎を選びました。北九州市でさえ、私には騒がしい都会です。終の住処は、もっと静かで心休まる地でないといけません。

 

土地を探し始めて半年後、宗像市の赤間駅周辺を重点地区にして探した所、良い土地に巡り会いました。高台で東側の眺めがよく、周囲は田んぼの田園地帯。その眺望の良い東側に大きな窓を設け、そこを食堂にする設計が頭に浮かび、決めました。

そして今、毎日この景色を窓から眺めながら、食事を取っています。朝日が昇り、夕闇のたそがれが美しい景色です。

 

宗像市はとても住み良い土地です。特に、この赤間駅周辺は便利で静かで、ストレスがありません。

期待以上の、里山の生活が始まりました。

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里山の暮らし1

60年間生まれ育った都会を出て、ここ福岡県宗像市に引っ越して半年が経ちました。現在の家族は、妻と犬の二人と一匹での質素な生活です。

大都会の東京、横浜とはおよそかけ離れたここ宗像での生活は、人の暮らしの本質を教えてくれます。

 

宗像というのは、「ムナカタ」と読みます。最近は、沖の島や宗像大社などが世界遺産に登録すると言って、少し世間に知られて来たかもしれません。でも、そんな騒ぎはどこ吹く風。私が住む曲(マガリと読みます)の地は、昔も今も変わらない、静かな里山です。

 

私自身は、東京生まれで、25歳で結婚してからはずっと横浜で暮らしてきました。勤務地は、横浜、厚木、新宿、渋谷、日比谷と移動していますが、住まいは変わっていないし、仕事もずっと都会中心です。自身の設計物件も東京と神奈川に集中しています。当然、毎日の様に通勤電車に揺られ、激しい混雑の道路や首都高速を運転してきました。

 

そんな私ですが、脱サラで大学教授を目指した50歳から、終の住処は横浜ではなく、もっと自然豊かな穏やかな場所にしたいと思い始めたのです。

当初は、北海道の札幌周辺や長野の高原、伊豆の海辺などを思い描いていましたが、いつからか、九州を夢見る様になったのです。海が近く、魚が美味しい。しかも土地が豊かで、教育にも熱心な土地柄。自然と、大学も九州で探し始めました。

 

そして、2015年8月から暮らし始めたのが、この里山、福岡県宗像市でした。

幸運な事に、正に、私の理想の場所でした。

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民泊にチャレンジ

空き家再生プロジェクトのワカマツグラシを始めて約1年が経ちました。築50年の木造住宅の空き家が建ち並んでいる若松区中川町で、住人の居なくなった空き家を何とか再生させ、町に活気を取り戻せないかというプロジェクトです。

 

4月下旬にキックオフしてから、様々な活動をしてきましたが、なかなか軌道に乗りませんでした。建物が古すぎてリノベーションに費用がかかりすぎるし、屋根や外壁、窓等のやりかえにも費用がかかります。

なので、今後しばらく使い続けようとするには、それなりに工事費が必要だし、その費用は借主としては高価なものに付きます。内装工事だけなら100万円以下で出来ますが、屋根や外壁、痛んだ根太等をいじれば300万円はかかってしまいます。

そこまでかけるか?

いや、かけないでしょう。

 

そこで考えたのが、バックパッカーを対象としたゲストハウス、いわゆる、民泊です。長期滞在ではないし、東南アジア等のゲストハウスと比較すれば、およそ天国の様な部屋が提供可能です。

外人が町に訪れ、独特な町の文化に触れる。

これは、いけるアイデアだと思います。

 

ここで、法律の厚い壁。

でも、北九州市が後援するプロジェクトです。正々堂々と正面から申請してみようという事になりました。

今の所、いけそうな気がします。いや、頑張ってみます。

安全で快適なゲストハウスで、町起こしをしてみたいと思います。

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建築を語る会

建築士会の北九州支部が主催で、「学生と建築を語る会」という催しが開催され、学生を数人引き連れて参加してきました。


この会は、建築士会に所属する社会人と建築系の学生が、自分の将来や今後の建築の世界への夢などを語り合う会です。社会人は、設計事務所などの設計系の方々、工務店やゼネコンなどの施工系の方々、その他として行政や確認申請機関の方々などがおりました。基本的には、皆さんが北九州を拠点にして仕事をしている方々です。

一方の大学生も全て北九州の大学生で、建築学科や私たち家政学部の住居の学生達で、2年生から大学院生まで様々でした。


私もその他の一人として参加しましたが、学生達がずいぶんと漠然と将来を見ている姿が気になりました。

私の大学生時代と比較し、現代は情報量も仕事の種類も増え、絞り込みがしにくいのかもしれません。あれもこれもと思いが先に立ち、思いに勉強が付いて行かないという感じがします。


うちの学生達も、自分の考え方の甘さに気付いた様子で、もっと将来を真剣に考え、目的に向かって勉強しなければと感じたようです。

でも大丈夫。建築の世界は、社会に出てからが勝負です。大学出たての学生は、ほとんど使い物にならないですから。飛び込んだ世界で、努力をすれば、十分間に合います。

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卒業制作まっさかり

この時期の4年生達は、卒業制作のピークを迎えています。

今年のゼミ生は7人で、各自が論文と設計図面、そして模型を作成して提出します。住居系以外の学生は論文だけですので、住居系の学生はかなり負荷が重く、そろそろ、「もーダメ!」という声が上がり始めています。


でも、そこは住居系の器用さで、実は模型の多くの部分を3年生のゼミ生9人が手伝っています。

インテリア系の制作では家具などが多いので、小さな家具をピンセットでつまみながら作ったり、環境系の制作では広い地域を表現するので、大量の樹木を作ったりしてくれています。そのおかげで4年生は、図面に集中したり、論文を書いたり出来ているという訳です。

加えて論文の概要は、前期のうちに完成済みなので、本論を書くのもそれほどの苦労はしていません。


とはいってもやはり大変です。

第一次の提出は12月9日。

そこから今度は、発表の為のプレゼン準備を始めます。図面の精度をより高め、模型の完成度も高めて、写真をコラージュして図面に当てはめたりする作業を始めなければなりません。

最終目標は2月3日。まだまだ、長いロードが続きます。

でも、これも社会人になる為の一つの節目です。遊んでばかりいる大学生、と言われない為にも、ここは踏ん張りどころでしょう。

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犬とログハウス4

犬と暮らし始めて、早くも1ヶ月。子犬も成長し、走り回る速度も速くなってきました。部屋の中を全力で走っているので、とても追いつけません。


ログハウスで犬と暮らしてつくづく思います。ログハウスは人間に優しい建物ですが、犬にも優しい建物だと。

室内はいつも森林浴をしているような、杉の木の良い香りがしていて、何故か切り花の寿命が長く、しかも室温は常に20度を下回りません。無垢の無塗装の床材は、常にさらっとしていますし、滑る事は全くありません。


人間が滑らないだけでなく、犬も、全力で走って急旋回をしても平気です。さすがに急ブレーキでは滑っていますが、考えてみれば、屋外の土の上も同じだし、クレーコートのテニスコートのようなものかもしれません。

ログハウスなので、内装はありません。全て木がむき出しです。部分的な内装材の部分も、無垢の木を張っています。なので、すでにあちこちにひび割れや反りが出ていて、でこぼこしています。でも、この荒さが全く気にならないのがログハウスの良い所です。こんな事を気にしていたら、住めません。

なので、犬がいくら壁を引っ掻いても、かじっても、全く気にならないし、何よりも、痕跡も残っていません。床の爪痕など、どこ吹く風です。探しても、傷なのか木目なのか、さっぱり区別がつかないのです。


おかげで子犬は、室内もウッドデッキも、自由気ままに歩き回り、走り回っています。そして疲れると、遠くの景色を眺めながら、ため息を付いています。

もちろん人間も同じで、ウッドデッキで一杯やりながら、ため息を付いていますが。

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犬とログハウス3

ログハウスと言えば、薪ストーブが定番です。我が家にも付いていて、そろそろ朝晩に火が入り始めました。

 

動物は、本能的に火を恐れます。子犬も最初は遠巻きに眺めていて、全く近付きませんでした。でも、膝に抱いて火のそばに寄って練習すると、やはり暖かさに引かれたようで、すぐに近くの暖かい場所がお気に入りになったようです。

 

薪ストーブは、火が入って十分に暖まるまでに時間がかかります。燃焼が安定して、ストーブ全体が200度程度に暖まると、周囲だけでなく部屋全体に温もりが広がり始め、間仕切りの無い我が家では家全体が暖まります。それまでに30分ぐらいはかかります。

でも、1回暖まると、その温もりが長時間持続しますし、吹き抜けを通じて、2階も暖かくなっています。そしてその頃になると、ストーブの前の床も、床暖房の様に暖まっています。その温もりが好きなようで、退屈したり眠くなったりするとそこに来て寝ています。

 

炎は直接の熱は熱いですが、薪ストーブは正面にガラスがはめ込まれているので、それほどの熱は感じません。むしろ、ストーブ全体の熱が、柔らかく輻射されている感じです。火は見て楽しむ感じです。

 

最近は、おもちゃを見つけて隠れる時に、ストーブの下に潜り込む技を見つけたようです。ちょっとビックリしましたが、そこは全然熱くありませんでした。暖かい程度です。

やはり野生の感覚を持っている動物です。身の危険は、敏感に察知しているようで、子犬といっても野生の感覚は、侮れません。

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犬とログハウス2

犬を飼う事を前提にしていたので、家の南側と東側のぐるり、概ね玄関前からテラス窓の前全面をウッドデッキで囲っておきました。

結果として、部屋からウッドデッキに出て、別のサッシから中に入り、また玄関から出て来るなど、室内と室外を自由に出入り出来る様になりました。


子犬は、ワクチンの接種が終了する生後3〜4ヶ月頃までは、散歩に出さない方が良いと言われています。なので、このウッドデッキが、格好の外の遊び場となっています。


将来、成犬になったらウッドデッキで飼う事を考えていますが、いずれにしろ、人も犬も、ウッドデッキと室内は出入り自由です。ウッドデッキは半土足のエリアで、裸足でも下足でもOKとしました。なので、外から帰って来て、そのままウッドデッキに回り、テラスサッシから室内に入る事も普通です。最初のうち、妻は嫌がっていました。ウッドデッキに土や砂が付いて、それが室内に入るので。でも、2ヶ月で慣れてしまったようです。砂が上がって来ても、ほうきで掃き出せば、済む事なので。

これも、ログハウスでの「山小屋生活」の慣れでしょう。


2mのケーブルを張ってそれに3mのリードを引っ掛け、ウッドデッキの端から端まで遊び回れる様にしてあるので、元気いっぱいです。人が室内にいると、出たり入ったりしています。人が外にいると、じっと見ています。

本当の外はまだ未体験ですが、日当りの良いウッドデッキは、お気に入りの外となっています。

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犬とログハウス1

10日程前から、我が家に子犬が来ました。北九州の保健所に引き取られていた野良犬の子ですが、生後2ヶ月で我が家の新しい家族となりました。

もともと、犬を飼う前提で設計したログハウスです。なので、犬も人間も自然に同居出来るように計画されています。


1階は、中央に薪ストーブと階段がある以外、間仕切りは何もありませんし、障害物もテーブルと椅子ぐらいです。なので、子犬は家中を自由に走り回っています。特に、中央のストーブ周辺をグルグル回るのが好きで、興奮するとグルグルと何周も走り回っています。8.8m×4.7mの約25帖程度の部屋ですが、人間にしてみればバスケットコートを走り回っている様な感じでしょう。子犬にとってはかなりの運動量だとおもいます。


実は、犬にとって、フローリングは滑って良くないという認識を持っていました。でも、天然木の無塗装のフローリングには驚きました。多少の滑りはありますが、基本的にはほとんど滑ることなく、グルグル走り回わるのもほとんど全速力で大丈夫なのです。

実際、我々人間も全く滑りません。私は家では一年中裸足なので、その意味でも極めて快適です。


木の床が滑るのは、表面の塗装のせいだったのでしょう。確かに、最近のフローリングは、傷が付かない様にハードコートでツルツルに仕上げてありますので。でも、天然木にオイルフィニッシュ仕上げの床にしてあるので、表面は木の質感そのものです。多少木目のザラザラ感があり、全く滑らない訳です。

結果論ですが、良い選択でしたし、新しい認識を得る事ができました。

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薪の準備

10月に入り、急に涼しい日が多くなってきました。まだストーブは必要ないですが、薪ストーブの燃料用の薪の準備を進めています。


薪の準備と言っても、自分で山を持っている訳ではないので、そう簡単には手に入りません。写真の薪は、大学でたまたま剪定の必要な樹木があったので2〜3本の太い桜の枝を切り落とし、チェンソーで刻んだものです。


細い木も一本切り倒しましたが、かかった時間と労力の割には、薪の量はたいした量にはなっていないです。この程度では、2〜3週間で燃え尽きてしまうでしょう。ひと冬を薪ストーブだけで暖房を賄うには、この10倍くらいは欲しい所です。


ですが、今から木を切っても、もう今年の薪にはなりません。薪は十分に乾燥させないと火力が弱く、煙もたくさん出るので、半年は風にさらして自然乾燥しないと使えません。なので、今年は大量に買わないと間に合わないようです。残念です。

でも来年の冬のために、これからも切り株を集め、薪割りをして蓄えておきます。そうすれば、来年はもう買わなくても済むでしょうから。


薪割りは、楽しい作業です。

斧で大きな切り株をまっぷたつにする時は、結構爽快な気分です。

ひと冬かけて、ゆっくりと増やして行きます。

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レスキュー隊?

決して、レスキュー隊ではありません。ワカマツプロジェクトの空き家再生活動で、既存家屋の内部を調査したり清掃したりする際の作業服です。12色程度の色から、彼女らが選んだつなぎの色がオレンジだったので、レスキュー隊になってしまっただけです。


築50年の木造家屋は、メンテナンスさえしていれば、内装以外はそれほどひどい状態にはなりません。でも、今回の調査では、かなり状態が悪い事が明らかになりました。


床下の通気が取れていなかったので、柱の根元がかなり腐っていました。梁が傾き、その為に窓も歪んでいる場所も有ります。これも柱の根元のせいです。シロアリの被害は見られせんでしたので、やはり湿気が大きな要因でしょう。


土台、大引、根太と合わせて、柱の根元も補強が必要です。と言っても、そこが木造の良い所で、腐った部分を切り落として、接ぎ木で処理出来ますが。

不思議と、雨漏りはありませんでした。でも、屋根の仕上げはやり変える予定です。


何せ、これから使おうとしている方も、ワカマツグラシのメンバーも予算がないので、最小限でリノベーションをしなければなりません。

計画は学生が図面を引きますが、私は、予算との格闘になりそうです。

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暑い都会

この夏、福岡県の宗像市に引っ越し、その後、福岡と東京や横浜、沖縄などを、出張で何度も往復しました。そこでつくずく感じたのですが、都会は何でこんなに暑いのでしょうか。


引っ越した宗像市は、周囲が田んぼや山、森などに囲まれて、海までも5〜6kmと近い距離に有ります。土地自体も小高い丘の上に有り、常に風が通っている感じです。日中の気温は30度を越えていますが、室内はエアコンなしで25度程度、更に風が抜けて、湿度も低いので、爽やかな感じです。実際、夜や明け方などは涼しいくらいで、軽井沢みたいな高原に住んでいるのかと勘違いする程です。


で、東京や横浜はというと、日中は30度を越えていて、街中の道路を歩いていると焦げ付きそうな暑さを感じます。加えて風がなく、結果として湿度も高く、ジッとしていても汗が流れ出て来ます。実際私も60年近く東京や横浜に住んでいた訳ですが、福岡から行くと、改めてその暑さに驚いてしまいました。夜も気温は下がらず、風もなく、ムシムシとしてエアコン無しでは寝られない夜でした。


やはり、この違いは周囲の環境だと思います。

福岡は日本海に面していて、特に宗像市は海に近く、舗装道路の面積は微々たるもので、ほとんどが自然のままです。もちろん博多や小倉などは大都会で、やはり街中は暑いですが、それでも風は抜けて行きます。

この自然環境が日没後の気温を下げ、海からの風を呼び、爽やかにしているのだと思います。

気象変動もありますが、最近の日本が暑いのには、都会のアスファルトとコンクリートが、相当に関係しているのでしょう。

宗像に住んで、つくずくそう思いました。

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ログハウスの驚き

新築のログハウスに引っ越して1週間、早くも、環境の変化に驚いています。


ログハウスは、無垢の木材をそのまま校倉作りに組み上げた家です。従って、内壁は無垢の木材の表面がそのままむき出しです。

今回は、ちょっとこだわって、この丸太に国産の杉を使いました。九州の日田の杉材ですが、その香りの良い事にまず驚きです。道路から家に近づいただけでも、良い木の香りが漂ってきます。


加えて、内装もほとんどを無垢材で仕上げました。床は無垢のパイン材、これは輸入です。壁と天井はホワイトウッドで、これも輸入材。どれも、オイルフィニッシュで、いわゆるペンキは全く使っていません。梁や階段なども全て無垢のパイン材です。


で、驚いたのが、その涼しさと湿気の無さです。

涼しいのは、外壁の木が優れた断熱材であることもありますし、風通しが無茶苦茶に良いプランであることもありますが、やはり木が湿気を全て吸い取ってくれて、空気がサラサラに乾いている事と、日中の暑さを木が蓄熱していないことによると思います。

今までのマンションでは、木のフローリングが常にペタペタしていましたが、今のフローリンフはサラサラです。なので、夕方以降は、風が抜けるととても涼しく、明け方などは、何とひんやりするくらいです。


設計の仕事をして35年。ここまでの無垢の木の家は初めてですが、この体験は衝撃的です。

やはり、自然の力は、偉大でした。

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ワカマツPJ−3

空き家だらけの古くてボロボロになった住宅街の魅力は何か?

7日に、魅力再発見のためのワークショップが開かれ、研究室の3年生が、皆さん方の前で発表しました。


実際、20歳の女子にとって、およそ魅力的とはほど遠い住宅街の姿です。つぎはぎだらけのトタンの外壁、崩れ掛かった屋根瓦、今にも倒壊しそうなボロ家。草がぼうぼうの空き地。触ればほこりだらけで汚れるし、あちこちに蜘蛛の巣が張っていて、蚊もブンブン飛んでいる。虫やムカデがあちこちにいそうで、足を踏み入れるのもいやだ、っていう感じでした。


そんな彼女らは、すでに7〜8回も通い、街区の測量をし、お年寄り達と会話をし、街区の模型を作りました。なんか、通う程に、印象も変わって来た様子です。


彼女らが出した結論は、「古いのは魅力的。でも汚い、危険、不衛生、虫だらけは別」ということです。

確かに、古くても、清潔で安全、虫もいなければ抵抗感は無く、レトロな気分に浸れるかもしれません。そんな前提で、夕闇の街区を探索してみたら、結構「ジブリっぽい」雰囲気を見つける事ができました。

そうです。夕闇の中では、汚いのが目立たないのです。


町の方々も、北九州市の方々も、結構納得してくれていました。そして、ワークショップの最後には、蚊を退治する消毒や、倒壊が危険な建物のの強制撤去など、具体的な策を出してくれて、皆で「クリーンボランティア」をやろうと言う話がまとまりました。

やはり、女子の発言は、効果的で説得力があります。

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ログハウスが完成

建築中だったログハウスが完成しました。2階部分は屋根裏部屋だけの設計ですので、一見すると山小屋の様に見えますが、これでも2階は結構広く、中央部では天井も3m以上あるのでかなり開放感があります。


ログハウスは、丸太を組み上げて作るので、建物の外周部は丸太がそのまま内装になります。なので、完全な無垢の木の家です。加えて、床材も無垢フローリングで、間仕切り壁も無垢の板材仕上げにしました。なので、合板が全くない、丸ごとそっくり、無垢の木の家ということになります。


丸太は国産材で、九州の日田で育った杉です。輸入材より少し柔らかいですが、木の香りは最高です。家の中は全て木の香りで充満しています。輸入材のダグラスファーやホワイトウッドではこうはなりません。こだわりの部分です。もちろん、若干高かったですが。


これだけ無垢の丸太を豊富に使っているので、やはり家の価格は高めです。でも、壁の断熱材や仕上げ材が不要なので、その分は安価になります。その断熱性能は、断熱材を入れた気密工法の現代住宅をしのぎます。まず熱が貫通することはないでしょう。


手入れは大変で、木は縮むのでその対策も必要ですが、自然を感じながら呼吸する木の家は、やはり手に入れたい一品です。

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建築模型

建築の設計では、よく模型を作ります。模型は、設計したアイデアを具体的に確認したり、相手に説明する為に使う事が主ですが、アイデアそのものを考える手段としても使います。

そのため、学生にも多くの模型作りを課題として与えています。


実は、模型作りが盛んなのは日本だけです。海外ではどちらかというと3Dによるパースの方が盛んなようです。特に最近の3Dは性能が上がり、学生の作品でもかなりリアルな画像を作り出しています。

でも、アイデアの計画中には、パースよりは模型の方が実際的で、具体的に形や納まり、全体のバランスなどを確認するには模型でないと無理です。


学生のほとんどは、模型など作った事も無い、という娘ばかりです。カッターの使い方を知らないし、何よりも最初はカッターが怖いとも言います。ミリ単位で正確に切る事が必要ですが、その切り口も滑らかでスパッと切れていなければなりません。接着剤も付けすぎず、きれいに仕上げなくてはなりません。なので、最初はみんないやいやながらにビクビクしてやっています。

でも不思議なもので、何回かやっているうちに、楽しくて大好き、と言う娘が増えてきます。

もの作りというのは不思議な魅力が有ります。自分の考えを形にする。その形が気に入るとまた作りたくなります。更に上のグレードで。

もの作りが楽しくなれば、設計やデザインは、もっと楽しくなってきます。

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ワカマツPJ−2

若松区の再活性化プロジェクト「ワカマツグラシ」の最初のプレゼンテーションを行ないました。

1/100で作成した住宅街の模型を持って、具体的に何を行なうか、どの様に進めるか、どの住戸を対象とするかなどを議論し、今後の方針の話し合いです。


築50年で、古くて、汚くて、狭い住宅街ですが、そこにどのよな魅力を見いだし、拡張し、発信して行くかが重要なポイントです。再開発計画ではなく、再活性化計画ですので、必ずしも住宅を建て替えたりリノベーションしたりするばかりではありません。むしろあるがままを改装だけして、今のままの住宅をそのまま生かす事の方に重点を置いています。


お金をかければ、何でも出来ますし、大きな資本が入ってゼネコンが計画すれば、すばらしい複合ビルができるでしょう。でもそれは本意では有りません。地域の活性化で重要なのは、その地域で生活している人々がそのままで元気になることです。なので、基本的には今のままをそのまま使い、最小限のリノベーションで対応します。


必要なのは、そこに魅力を感じてくれる人の発見と誘致です。そして、今の住民と一緒に生活してもらうことです。人と人が結びついて、少しずつ発展して行く事が重要です。

北九州市がその情報網を利用して広く発信してくれます。ワカマツグラシの人たちは地域の住民に呼びかけてくれます。

大学は、中川町の魅力を探し出し、デザインし、アピールする新聞作りをします。

いよいよ具体的に、大きく動き出しました。

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ワカマツPJ

「ワカマツグラシ」プロジェクトの、住宅街区の模型作りが最終段階に入ってきました。住宅地図と航空写真、グーグルアースなどを手がかりにして現地の測量を行ない、何度も確認してやっと個々の住宅の大きさや位置が確定出来ました。

 

当初は、住宅地図の確認をする程度だろうと高をくくっていたのですが、とんでもありませんでした。住宅地図の寸法がほとんど当てにならず、しかも建物の形状も全く違っていました。

航空写真やグーグルアースも写っているのは屋根だけで、建物の実際の大きさや形状は判断出来ません。

 

結局、一軒ずつ大きさとお互いの距離を測り、道路などの基準点から追っかけて位置を決め、出来た図面をもう一度現地で確認する、という作業を繰り返すしかありませんでした。

梅雨の盛り、蒸し暑さと蚊の猛攻に耐えながらの作業でした。

 

でも、やっと街区の全体像が見えて来ています。気付かなかった細かい路地も再現され、きっと若松や市の人たちも納得できる模型になるでしょう。

頑張り屋の学生達で、助かりました。

MUNAKATA ECO-100

5月22日から24日まで、宗像市で「MUNAKATA ECO-100」と題した、世界環境会議が行なわれ、ボランティアで参加してきました。

この会議は福岡県宗像市で行なわれる、今年で2回目の国際会議で、環境をテーマとして各国の有識者や自然を愛する活動家などが集まってパネルディスカッションを行い、その後、日本中や各国から集まった大学生と有識者が小テーブルに分かれて、テーブルディスカッションを行なう催しです。


100人を集めよう、と言うのがECO-100の意味ですが、小テーブルでのディスカッションは全部で24台、8人ずつの着席なので200人になっています。学生達も、それをリードする専門家達も熱く地球環境の事を語り合っていました。海洋汚染、森林伐採、海ゴミ、農業用肥料による河川の汚染などなど、テーマは多く、個人で出来る事から、企業がするべき事、政府が行なうべきことから国際間での共同作業の必要性まで、幅広く議論されていました。


環境問題は根が深く、とても語りきれるものではありません。でも、一歩ずつでも前に進む姿勢は重要で、そこに多くの大学生が集まってくれたことは、極めて意義深いことだと思っています。

宗像市は、私が思っていたよりも自然豊かな環境で、森と海が近く、農業も盛んで、海洋資源も豊富です。こうした議論をするのは、非常に分かり易い例題となる環境で、良かったのではとも思っています。

来年も行なう予定だそうです。来年も是非参加したいと思っています。


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元気を取り戻したい

若松区、若松駅前のメインの商店街です。日曜日の午後1時頃。普通なら一番人通りが多いはずの時間帯ですが、人っ子一人歩いていません。半分はシャッターが閉まり、開いている店舗も、まだ1時だというのに店を片付け始めていました。

 

北九州市の中で、若松というのは、門司と並んで港湾と炭坑で栄えた歴史ある場所です。天然の入り江である洞海湾に面して、大型商船や石炭を満載した輸送船が何隻も行き交っていたそうです。その当時の名残のレンガ作りの建物も残っていますし、現代では若戸大橋という美しい橋を背景とした海岸線の風景は、何度も映画のシーンに出ました。それが、今ではこの寂れようです。

 

若松区中川町を再興させようというワカマツグラシプロジェクトが、北九州市の後援で始まりましたが、現状を知れば知る程その難しさが身に沁みます。

「何か、人を呼び寄せる決め手はないか」、が再興のキーワードですが、そのきっかけ作りはまだ机上の空論のままです。予算はわずかなので、大掛かりな仕掛けは無理だし、建物の改装費用もままならないのが現実。

でも女子大生の若い力とアイデア、何よりも経済発展を支える女子力を前面に出し、徐々に展開できそうなプログラムを作り出したいと頑張っています。

 

九州女子大学人間生活学科二十数名の努力が、2〜3年先には形になって現れる事を目指し、地道な努力を始めまています。

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