建築雑談

スヌーピー  人間だって屋根で昼寝をしたら気持ちよいでしょう
スヌーピー  人間だって屋根で昼寝をしたら気持ちよいでしょう

私は横浜の大きな住宅街の一画に住んでいますが、特に夕方などにはたくさんの犬の散歩に出会うことがあります。特に近くの公園はそうした人達の交流の場なのか、夕方にはたくさんの人が集まってきます。見ていると小型犬が多いような気がしますが、時々大型犬なども混じっています。

 

所で、最近不思議に思うのですが、犬はたくさん見掛けても、犬小屋を見掛けることがありません。そもそも、庭に犬がいる気配がないような気がします。子供の頃は、道を歩いていると突然犬に吠えられたりして、ビックリした記憶があるのですが、そんな経験も長いこと無いような気がします。

でも、犬はたくさんいるのですから、不思議です。

小型犬が多いので、室内で飼っているのでしょうが、中型や大型犬は何処に行ったのでしょう。やはり、室内なのでしょうか。

 

広い芝生の庭で、犬を飼う生活、というのが私の妻の夢だそうです。言わば、住宅へのあこがれの姿のようです。確かに、1960年代以降、そうした姿が、豊かで幸せな家庭の象徴のように表現されていた時期があったような気もします。そんな時の犬は、白いスピッツだったかもしれません。

現代人も、同じ様な感覚を持つのでしょうか。豊かさの一つの表現方法で、あこがれの一戸建ての家を持ったら、庭で犬を飼う、というのはシンボリックでもありました。恐らくアメリカなどのホームドラマなどの影響だったのでしょう。

 

思うに、私の知り合いや、今までお相手をした施主の多くは、中型犬でも室内で飼っている人が多いような気がします。玄関を開けたら、そこに大きなレトリバーがデンと寝ころんでいて、ビックリした事もあります。アメリカ映画などでは、大きな犬が自由に家に出入りしている場面をよく見掛けます。犬専用出入り口、なんていうのもあるくらいです。

土足の国なので何の不思議もないですが、上履きの国の日本ではちょっと意外な展開です。愛犬だけは許されるのでしょうか。

 

スヌーピーはいつも犬小屋の屋根に寝ていますが、室内へも自由に出入りしています。何の拘束もなく幸せそうです。日本の庭ももっと広くて、芝生に覆われていれば、きっと同じように外と中を自由に出入りしながら生活できるのかもしれません。犬小屋が無くなったのは、きっとそれだけ犬が人の生活に近付いたからでしょう。

私も犬が好きなので、いつかは一戸建ての庭で、のびのびと犬を飼ってみたいと、夢を見ています。