住宅の話

吉村順三の代表作 軽井沢の山荘  レーモンドの影響が強く感じられます
吉村順三の代表作 軽井沢の山荘  レーモンドの影響が強く感じられます

誰にでも尊敬する人というのがいると思いますが、私の場合、建築家の中で尊敬する人は、吉村順三という方です。既に亡くなられた方で、戦前から戦後の高度成長期にかけて活躍した方で、多くのすばらしい住宅の他に、現在の皇居の新宮殿を設計した人としても有名です。日本の伝統と数寄屋建築、ヨーロッパからの近代建築の全てを知り尽くし、見事に融合させた人で、基本的に日本の美を追究した作品が主流で、その後の多くの建築家を育てた方でもあります。

 

現在の日本の建築家を称して、「タレント化した建築家をカタログ雑誌から選び、顧客は戸建て住宅をファッションの様に捉えている」と論じた評論家がいます。全くその通りで、今や住宅雑誌は、ファッション雑誌の様な状態になっていて、一部の建築家は流行を追い求めています。住宅の流行の変化は激しく、日々最新のデザインの、しかもアイデア満載の住宅が雑誌に発表されているのが、ファッション雑誌に似ていると言われる所以でしょう。

そうしてみると、吉村順三などは、野武士の様な存在でした。実際、全ての設計が完成した皇居の新宮殿を、最後の最後に宮内庁の役人との意見の不一致から、手を引いてしまいました。設計はそのまま生かされて完成しましたが、どうしても納得しかねる部分があったのでしょう。

 

その吉村順三のお師匠さんが、軽井沢の聖パウロカトリック教会を設計したアントニン・レーモンドです。アメリカ人ですが、日本の文化に惚れて日本で長く活躍し、軽井沢に事務所を置いて(現在のペイネ美術館)、多くの作品を作り建築家を育てました。軽井沢のあの一種異国風の感じは、レーモンドの影響による部分も大きいと思います。作家の堀辰雄が描いた「風立ちぬ」や「美しい村」の世界は、聖パウロカトリック教会無しには有り得ませんので。

 

そのレーモンドは、数多くの住宅や教会、学校を設計しています。住宅の多くが木造で、木の持つ質感を生かした、やはり異国風の感じがする家ですが、洋風建築とは異なっています。荒い木の表面を露出して無造作に使うと異国風ですが、磨かれた表面を端正に使うと和風へと変化します。レーモンドはその両方を行っていますし、丸太を使うことで山荘の感じも出しています。

日本人よりも日本をよく知り、愛していたかもしれません。大戦中はアメリカに帰国していますが、大戦後再び日本に来て1973年まで活躍しました。その彼の弟子の一人が吉村順三、そのまた弟子達の更にその弟子達が、今の日本の建築界で活躍しています。

でも、どこまでDNAが正しく伝わっているのでしょう。変化が大きすぎて、私にもちょっと分かりません。