初詣

それにしてもすごい人数です  報道写真からです
それにしてもすごい人数です  報道写真からです

正月のニュースでは、必ず初詣の様子が報道されます。東京では、明治神宮の映像が多く、その他、成田山や川崎大社も良く出てきます。長野県では善光寺、京都はお寺も神社も数多いので、様々な報道がされるのでしょう。

日頃は信心が無くても、初詣だけは別。なので有名どころは混雑するのだと思います。

 

でもよく見ていると、地域によって、神社と寺とが分かれています。例えば長野県の善光寺や北陸の永平寺など、有名な寺が近くにあると寺に行き、明治神宮や出雲大社みたいに神社があれば神社に行くのでしょう。

神社には、厄除けや安産、出世、学業、金運、商売繁盛など、多種多様な神様が祀られているので、目的に合わせて行き分けているのかもしれません。その意味では、お寺はご先祖様への挨拶や信仰の拠り所として行くのでしょうか。おそらく、微妙にその心理には違いがあるのだと思います。

 

古来、宗教は建築や文化に多大な影響を与えてきました。それは、神社仏閣などの大規模な建築だけでなく、住宅でも同じことです。先祖代々を安置する仏壇の置き場としての仏間や、火之神、水之神、厄除けを代表とする神々を配置するお札や神棚の置き場など、一件の家の中で様々な神仏が適切な場所に配置されていました。その為多くの民家では、地域の違いによる作りの特徴はあっても、全体的な間取りの構成は似ていました。ある意味、それら神仏の配置や方向を考慮すると、自由奔放な間取りは不可能だったと思います。これは現代の家相とは違った意味での、家内安全と無病息災を祈念しての間取りと言えます。

 

そんな、神仏の存在が日常の生活の一部であった時代は、つい数十年前のことです。特に農村地帯や漁村地帯では顕著でした。

現代住宅を、そうした神仏への信仰を基準にして設計する家庭は、おそらくほとんど無いでしょう。自然との接触が薄れた時が神仏との接触の途切れた時だと思います。自然の驚異が薄れ、堅固に囲われた住宅で暮らせれば安心ですから、神仏への感謝の念も薄れて当然かもしれません。

それでも年に一度、一年間の無病息災を祈念しての初詣は、日本人のDNAなのかもしれません。家は変わってもいいですから、そうした日本人の心の文化は残って欲しいと思います。