縁側

坪庭に面した縁側  明治時代のお金持ちの住宅
坪庭に面した縁側  明治時代のお金持ちの住宅

縁側のある家をほとんど見かけなくなりました。いわゆる民家では多く見かけ、部屋と庭との間の中間的なレイヤーを構成していました。縁側の引戸を全開にすればそこは外で、日射しと風を受けながら座ったり作業をしたりすることができます。逆に引戸を閉めればそこは内となり、冬の日射しを受けながら、温室のようにポカポカと日向ぼっこをすることができます。

 

民家の多くには、正式な玄関がありませんでした。土間への入口が玄関のようでもありますが、いわゆる玄関は武家の社会での伝統です。農家には存在しません。なので、屋内に用があれば土間から入って板の間に上がり込み、立ち話ですむならば縁側に座ってお茶でもしながら用を済ませます。現代の家屋の様に、外と中の厳格な境界が存在しないと言ってよいでしょう。

防犯、断熱、遮音、虫除け、プライバシーの全てが無視され、無頓着でありながら生活が成り立っています。不思議です。

 

現代住宅は、近代の時代からガラスが内外の境界に重要な存在となっています。ガラスは透明なので、外を見ることも出来れば、光も取り入れることができ、しかも防犯、断熱、遮音、虫除けの全てを処理してくれます。

大きなガラスで自然を取り込む、なんて発想が紹介されたりしていますが、あれは作り話で、見た目だけの話。ガラスは純粋に壁の一部であって、内外の境界です。単に壁が透明なだけです。

 

その意味では、縁側は特殊です。内なる外であり、外的な内部でもある。しかも、内部にあっては重要な廊下の役割も持っていて、部屋と部屋を繋いでもいます。遠く寝殿造りに始まるこの縁側、現代では日本独自の空間です。

近代になって、中廊下が住宅設計の主流となってから一気に廃れてしまいましたが、絶対に失ってはいけない住宅の姿です。都会では難しいでしょうが、郊外や田園地帯、農村や漁村、そして竹富島に代表される沖縄の伝統民家など、残せる場所は数多くあります。海の見える土地で縁側のある平屋建て、が私の理想の住宅です。その縁側で海を眺めながら犬と遊んで余生を送れたら最高なのですが。

きっと、そんな余生を送っている人達はたくさんいることでしょう。その良さを多くの人々に発信してほしくもあります。