小倉城

桜が綺麗なことでも有名な小倉城
桜が綺麗なことでも有名な小倉城

小倉にはお城があります。小倉城ですが、オリジナルではなく昭和に再建されたものです。宮本武蔵が佐々木小次郎と巌流島で戦った時代には、小倉城は細川忠興のものでした。その後、有名な小笠原流の小笠原家に移り、そのまま明治にまで至っています。関ヶ原の合戦の後に建てられているため、それほど戦いのための城という感じはありません。むしろ、殿様の住居と言った方が近いかもしれません。

 

お城は武家屋敷の頂点とも言えますが、そもそも武家屋敷というのは、武士の為に考えられ作られた家であって、住むための家という感じではありません。つまり、住宅ではないのです。お城を住宅と思う人はいないと思いますが、同じ様なものです。戦国時代は戦いを前提にし、江戸時代には完全に接客と威厳確保の為の道具です。特に接客は重要で、武士の一日は、接客で明け暮れていたと言っても良いくらいです。そのため、書斎としての書院、客間としての座敷、更に何と言っても来客を迎え入れるための玄関とが発達しました。

 

使う人が変われば、住宅の有り様は変わります。貴族が住んだ寝殿造り、武士の武家屋敷、町人の長屋、農民の民家、商人の商家など、全て独特の作りをしていますが、それは全て使い方に合わせて作られているからです。例えば民家には必ず土間がありますが、これは農民が室内で作業をしたり、冬や夜に馬や牛を室内に入れるためです。なので、馬も牛もいない商家には、土間はありません。武家屋敷には床の間があります。これも、刀を置いておく為のもので、それが江戸時代に飾りへと変化していったものです。茶室の床の間とは、本質的に用途は異なっていました。

 

住宅は住むためのもの、って言うのは当り前かもしれませんが、実は違っていた事が分かると思います。住宅は、住む人に合わせた生活の道具の一つだったのです。

もちろん現代では道具ではありません。機能でもありません。住むための空間で、家族の為のものでもあります。

お城を見ていると、ずいぶんと変わるものだと、つくづく思います。